12.おさかなたべた

ひとつ一つ大人にたずねながら絵を描く子がいる。「どこから描いたらいいの?」本人は失敗しないようにという気持ちが強く、言われた通りに行動する習慣がついてしまっている。絵を描くことは、自己を表現する手段の一つであるはずなのに、まちがった助言を与えることで子どもは絵を描くことに自信を失くし、絵を描くことが苦痛になり、きらいになってしまう。
「赤ちゃんは、先ず舌や唇をつかって物を認識しはじめる」という。畳をなめながら舌をはわせているうちに畳の目と目の間隔で距離感というものをつかんでいく、という説がある。
幼児の頃に手あたり次第モノにさわったり、唇や舌でなめたりする行動は、大人に至る過程で誰もが経験している。絵を描く前に「さわる」ことで「見る」だけでは得られない発見や感動を得ているのではないか。「トビウオ」を前に見るだけでなく、皮膚感覚や臭覚も動員して「トビウオ」を表現しているのである。
この体験は後にベルマーク財団主催の教育ソフト援助で全国を巡る「お絵かき塾」を担当した時、カリキュラムの中にとり入れた「さぐり絵」につながっている。
さて、描き終えたあと、ボクはボンベつきのガスコンロを机の上に置いた。そしてトビウオを洗って塩をすり込み、金網の上にのせ窓を開け、立ちのぼる煙を外へ逃し、みんなで焼き上がる様子を見つめる。一匹のトビウオをみんなでひと口ずつつまむ。「しょうゆがほしい」という子。「あたしサカナ好きじゃない」といっていたカホコでさえも口にしている。
何年かたってトビウオのことを思い出し墨彩画を描き詩をそえた。
おさかなとんだ/ぼくらもとんだ/おさかなやいた/ぼくらがたべた
いま、ミュージアムの常設コーナーにトビウオと共に子どもらがとんでいる作品を掲げている。
喜田川 昌之