喜田川 昌之 わらべ絵館

サンデーコラム
2026年1月10日

4.寺子屋のような

 太陽を二つ描いたヨシトの絵は今住んでいる東京で見る太陽と、おばあちゃんちで見る大阪の太陽だった。今日もヨシトを先頭に階段をのぼってやってきた。手にはクレパスの箱を持っている。しき物の上に腹ばいになって絵を描きはじめる。タワーの絵だ。「これは大阪の東京タワーだよ」通天閣とおぼしき絵をそう説明するのだった。そして「ゆうべUFOにのってうちに来た宇宙人」の絵を描く。

 ミホコは海に落ちた時計だといって「海の上に星と飾りのついた時計」を描いて「これはミホコにしか見えない時計なの」ねんどで主人公の時計の形を作り。文字盤には縁に沿って竹ヒゴで穴をあけ、夢中で立体にとりくむのだった。

 四人組が訪ねて来てお絵かきをはじめてからいく日か過ぎたある日の夕方、トントンとドアをノックする音がした。いつものことで新聞購読の勧誘かナ?と思いつつドアを開けると数人の人影があった。

 「子どもたちがお世話になってしまって」と四人組のお母さんたちだった。お礼だと言って差し出された手にはコロッケ、おさしみが紙皿にのっている。差し入れだった。お礼などを目的に子どもたちと接していたわけではなかったのに・・・・・。恐縮しながら親たちの気持ちのこもった品々をしっかりと頂戴していた。その上に冷えたビールまで手渡されたのだった。

 むかし寺子屋という制度があり、親たちが教えてもらったお礼に米や野菜などの作物を届けたというが「現代版の寺子屋」か。

 あとでわかったのだが、魚屋の子や肉屋のおばさんに可愛がられている子がいたようだ。

 ビールは酒屋の子がいたわけではないのでサラリーマンの家庭からの差し入れだったのだろう。月末のわが食卓には、こうして大ごちそうが並ぶ。そうなると「寺子屋のお師匠さん気分もわるくないナ」と思う自分がいることに気づいたのだった。

喜田川 昌之

一覧をみる