喜田川 昌之 わらべ絵館

サンデーコラム
2026年2月15日

9.オクラの花

  教室の窓の柱にはロープの束が下がっていた。地震や火事といった突発的なことが起きた時、このロープを使って子どもたちを地面に下ろす救命用のものだが、幸いにして使うことはなかった。

 張り紙の注意事項が三つに増えた。「手すりにのるな!」「忘れもの注意」「こんにちは、さよならのあいさつ」四~五人という人数は、指導する方からすれば適正な人数だが、子どもたちにとっても、居心地の悪くない数なのだろう。無駄に騒いだり、目立とうとしたりするのは、人数が多い時に、自分に注目してほしいという意識がそうさせるようだ。指導する方も無駄な神経を使うこともない。上から見ると四畳半の教室は小鳥の巣のようにも見えるのではないだろうか。

 ある時、当時としてはめずらしいオクラの種が実家から送られてきた。黄色い花はきれいだし、実はスパッと切り断面をハンコにすると面白い模様が浮かぶ。おまけに実をきざむとおつまみにもなる。春を待って、腐葉土を買い求め鉢植えにして窓ガラスと手すりの間に置いた。水やりを忘れない方法として、自分が水をのみたい時に、オクラにも水を注いでやった。やがて身の丈に合わせるように小さなつぼみをつけた。酔っぱらって夜更けに窓を開けては酔いざましの水を分け与えた甲斐があった。鉢があるおかげで、手すりの手前に子どもたちが足をのせることもなくなった。

 あいさつの「こんにちは」は子どもたちにしてみれば習慣としてなじめそうにもない。だが朝から始まる幼稚園や学校の「おはよう」は言い馴れたあいさつだ。お絵かき教室は午後。放送業界でもあるまいし、「おはよう」はない。

 オクラの黄色い花が咲いたが、朝方、咲いて日中にはしぼんでしまう。「こんにちは」といって入ってくる子たちは、残念ながらオクラのねじれて落ちた花にしか出会えないのであった。

喜田川 昌之

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