エッセー
3.子守りうた
子守りうたをうたってもらったという記憶もないのに”ねんねんころりよおころりよ”のうたを耳にすると、遠いむかし聴いたような気がしてくるから不思議だ。
夏の夜、母は風呂から上がると裏の縁側でうちわを片手に涼みながら”マシロキフジノネ ミドリノエノシマ・・・・・”をうたっていた。子ども心に「悲しいうたやなあ」と思いながら、何度となく聴かされた。
母のうたは、かなり変調だったので印象がつよかった。
父が宴の時うたう”ハルコウロウノ ハナノエン・・・・・・のうたは先にゆくほどに調子がはずれ、高くなり、これではいかんと慌てて低くする。両親揃って調子っぱずれだった。
ボクの小学校時代の通知表を見ると音楽だけはいつも成績が良かった。その理由は当時わが家には2台の蓄音機があって、とりわけ音楽が好きなボクは古い方を与えられ、もの心ついた頃から自分でハンドルをくるくる回してレコードを聴いていた。擦り切れた部分からボール紙がカオを出している童謡のレコード盤は「金太郎」や「桃太郎」のうただった。いま思うに心地よく聴こえるレコードのおかげで両親の変調を聴きわけていたのだったと思う。レコードから流れてきたうたはたしかに音程は正しいけれど、なぜか変調だった父や母のうたの方がいまもボクの心の奥に焼きついている。
父の荒城の月をうたう姿は不器用で実直さが伝わってきたし、気丈な母が悲しいうたを口ずさむセンチメンタルな一面を垣間見たりもした。
両親のうたが、いま子守りうたのようになつかしい。
喜田川 昌之