エッセー
7. 四年生の広場で
去年のある時にボクのふる里(津市一志町)で作品を展示した。
JAの倉庫を改造した「郷土資料館」の「わらべ絵」の展示の依頼だった。
秋に岐阜でへき地校の「お絵かき教室」を開いた折、足をのばして「資料館」の展示コーナーを下見した。
60年ぶりだった。小学校4年生の一年間を過ごした場所である。当時はクミアイと呼んでいた。農協の倉庫や売店、講堂があった。
小学校の事情で講堂が教室になった。コの字型に囲まれた広場で昼休みは野球をして楽しんだ。資料館の前に立って思い出してみると、その位置がセンタ一後方だった。
道路の前は田んぼでその先にある平屋の家とマキの木の垣根は、60年前とほとんど変わっていない。煙突が消えレンガの壁がなくなってはいる。ナゼそんなに記憶しているかというと、図工の時間にスケッチしたからである。その時、担任の先生に描いた絵を、直されたことがあった。手本として描いてもらったのかもしれないが、子ども心には稚拙な絵であろうとも直されたくないという感情があった。今も子どもの絵を指導するときに、描いた本人の気持ちをなによりも大事にするように心がけている。
ともあれ縁あってふる里の風にあたりながら、育てられた風土や人々に感謝しつつ1週間の展示を終えたのだった。
喜田川 昌之