
子どもたちは山道を上へ上へとのぼりたがる。ボクも子どもの頃、村はずれにある山の上から遠くの風景を眺めるのが好きだった。習性なのかもしれない。こどもたちは階段をのぼって四畳半の教室に入るなり「こんにちは」といって、つっ立ったまま、手すりにからだをあずけて窓の下をのぞきこむ。つられてボクものぞいてみることがある。そこには、むかし東京の下町の長屋と呼んでいた風景が、そのまんま残っている。窓から見下ろすと左右に細長い屋根の二棟が向き合って建ち、間に道のような庭のような空間があり、ギコギコ井戸水をくみ上げる手押しのポンプも見える。ボクは音がしても下をのぞき込むことはしたくなかったけど、ただ遠くを眺めるのは好きだった。二方の窓は北と西にあり、西の窓からの景色は高い建物がほとんどなく広々とした眺めだった。西北の角には近くの銭湯の煙突が際立ってみえ、モクモクと立ちのぼる煙の色は、はじめはうすく、少し黄色がかった灰色で、しばらくすると黒ずんだ色に変わり、うねるように勢いよく、えのぐをチューブから押し出す瞬間にも似て、まるで生きもののようにも見える。そして日によって煙の色は微妙にうすくなったりもする。「燃やすモノによってちがうのかなア」とつぶやきながら子どもといっしょに見つめるのだった。
窓の手すりは小指程度の太さの金属製である。ネジクギで留まっているが、窓枠から約30センチつき出し、その先端から立ち上がり手すりになっている。子どもたちは、つい、その30センチの部分に足をのせて目線をより上げようとする。すかさずボクは「アブナイ!」「ヤメロ」と大声でどなっていた。そしてすぐその場で壁に張り紙をした。「手すりにのるな!」
喜田川 昌之