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喜田川昌之 わらべ絵館



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―日野原先生を偲ぶ会―
 聖路加病院の名誉院長だった日野原先生を「偲ぶ会」があった。
出席したのは新老人の会、富士山支部。
 2000年に日野原先生が「新老人の会」を発足。ボクは5年前にジュニア会員として入会し、75歳でやっとシニア会員に昇格している。
 この日の会は、清水・末廣鮨の親方の講演が予定されていたが急きょ「偲ぶ会」に変更された。会員が平服で、形式にとらわれることなく、一人ひとりが先生の思い出や「いのち」について語る。諸先輩方の話は心にひびく。子ども病院の元医師(87歳)は92歳で亡くなった父の話。病床についてある日から食を絶ち水だけを飲む日を続け20日目に最後を迎えたという。まったく苦しむことなく・・・・。
 「願わくば花の下にて春死なむ この如月の望月のころ」 そう願った望月の1日後に亡くなった西行のことが浮かんだ。
 日野原先生の後輩でもある遠山会長の話の中にも「これから医者や薬にたよらず自分の健康は自分でつくるという時代が来るように思う」と提言があった。
 まさしく先生の亡くなった後もその「生き方」は大勢の人の心にうけ継がれていくことだろう。
 ボクは5年前に「聖路加画廊」で初めて先生と出会った。本館と病棟をつなぐ広々とした通路の壁に20数点の作品を展示した。手すりのついた画廊は初めてだった。患者への配慮がみえる。
 初日、当時101歳の先生は手すりもつかわず、1点ずつじっくり時間をかけて観ながら「ボクも子どもの絵本を書きます」とその場で宣言。翌年「だいすきなおばあちゃん」が出版された。
 会期半ばで作品の一部を入れ替えた。ある日の夕方、後方から
「あれはみた」 「あれはみてない」と声がきこえてきた。見るとベットに仰向けになった女の人が壁の作品を観ながつぶやいていた。患者の視線に合わせたベットの動きに看護の人の配慮があった。
「日野原画廊」という名で発足したという先生の想いが伝わってきたのだった。

                      まさゆきお絵かき日記

               
 

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